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東京高等裁判所 昭和42年(う)247号 判決 1967年7月26日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人内藤秀太、同今野佐内の提出にかかる各控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。両弁護人の所論を綜合するに論旨は、原判決は被告人に対し窃盗、私文書偽造、同行使、詐欺の罪責を認定しているが、右は全く事実無根のことである。原判決はその証拠として(一)警視庁科学検査所長作成の昭和三九年四月一三日付ポリグラフ検査結果回答についてと題する書面(鈴木貞夫作成の検査回答書添付のもの)、(二)警視庁科学検査所長作成の昭和三九年四月一四日付鑑定結果回答についてと題する書面(鈴木貞夫作成のポリグラフ検査結果報告についてと題する書面添付のもの)、(三)証人鈴木貞夫の原審第八回公判廷における供述、(四)被告人の司法警察員郵政監察官に対する昭和三九年二月一四日付供述調書、(五)原審第二回公判調書中証人池田定男、(六)同池田タツエ、(七)同中野重信の各供述記載、(八)原審第三回公判調書中証人葉梨進の供述記載、(九)証人池田タツエの原審第一四回公判廷における供述、(一〇)証人中野重信の原審第一八回公判廷における供述、(一一)証人葉梨進の原審第一一回公判廷における供述、(一二)証人成沢慶治の原審第一二回公判廷における供述を引用し、これと(一三)押収にかかる定額郵便貯金証書一枚、(原裁判所昭和四〇年押第一二一号の一)(一四)同定額郵便貯金預入申込書一枚(同号の二)、(一五)同米穀類購入通帳一冊(同号の三)、(一六)同定額郵便貯金預入申込書一枚(同号の四)、及び(一七)同警視庁科学検査所長作成の鑑定結果回答についてと題する書面(鳩山茂作成の鑑定書添付)とを綜合して右事実を認定しているが、右(一)乃至(三)の各証拠は、いずれも被告人及び関係人池田タツエに対するポリグラフ検査の経過及び結果並びにこれに関する検査者の供述を内容とするものであり、ポリグラフ検査結果の確実性は未だ科学的に承認されていないから、これらはすべて刑事裁判の本質に照らし、証拠能力を有しないものであつて、原判決がこれを、右各ポリグラフ検査の際の質問応答を録音した録音テープの取調をすることもしないで、直ちに証拠としたのは、採証の法則を誤つたものであり、(四)の証拠(被告人の自白調書)は、司法警察員郵政監察官葉梨進の強制乃至誘導によつてなされた任意性のない虚偽の供述を録取したものであつて、これを採用したのは、強制による自白を証拠とすることを禁止する憲法第三八条第二項に違反し、且つ採証の法則を誤つたものであり、以上いずれも判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続上の法令違反を犯したものである。そればかりでなく、(五)乃至(一二)の各証拠(被害関係者又は捜査係官の各供述)はいずれも信憑性乃至証明力のないものであつて、原判決がこれを採用し、右(一)乃至(四)の証拠その他と綜合して、被告人の罪責を認定したのは、虚無の証拠により事実を認定したにほかならず判決理由におけるくいちがいの違法を犯すとともに、よつて判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を犯したものであるというに帰する。

しかしながら、所論(五)乃至(八)の原審各公判調書中、証人池田定男、同池田タツエ、同中野重信及び同葉梨進の各供述記載並びに(九)乃至(一二)証人池田タツエ、同中野重信、同葉梨進及び同成沢慶治の原審公判廷における各供述は、当該各供述内容自体を検討し、各供述内容を相互に対比し、且つ、これを前掲(一三)乃至(一六)の各証拠物及び(一七)の鳩山茂作成の鑑定書に照らして、その信憑性乃至証明力を疑うべき何等の形跡をも認め難く、また右(八)、(一一)及び(一二)の証拠(原審第三回公判調書中、証人葉梨進の供述記載、証人葉梨進の原審第一一回公判廷における供述及び証人成沢慶治の原審第一二回公判廷における供述)に徴して、所論(四)の被告人の司法警察員郵政監察官に対する昭和三九年二月一四日付供述調書記載の被告人の本件自白の任意性及び信憑性を認めるに足り、これに、前掲(五)乃至(七)、(九)、(一〇)、(一三)乃至(一七)の各証拠をその裏付けとして綜合すれば、所論(一)乃至(三)のポリグラフ検査の経過及び結果に関する各証拠をまつまでもなく、被告人の所為にかかる原判示窃盗、私文書偽造、同行使、詐欺の各事実を優に肯認することができる。所論は、原判決が右各ポリグラフ検査の経過及び結果に関する証拠を罪証に供したことを非難するので考察するに、ポリグラフ検査は、ポリグラフ(同時記録器)を使用し、検査者の発する質問に反応して被検者の示す呼吸波運動、皮膚電気反射及び心脈波を同時に記録し、その結果を検討して被検者の有罪意識の有無乃至供述の真偽を判定する一種の心理検査若しくは心理鑑定であり、ポリグラフ検査回答書は、ポリグラフ検査を実施した者が、その検査の経過及び結果を記載して作成する書面であつて、刑事訴訟法第三二一条第四項所定の書面(鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したもの)に類似する性質のものであるが、ポリグラフ検査結果の確実性は、未だ科学的に承認されたものということはできず、その正確性に対する(第三者の)判定もまた困難であるから、軽々にこれに証拠能力を認めるのは相当でないと同時に、わが国における刑事裁判が陪審制によつていないこと、ポリグラフ器械の規格化及び検査技術の統一と向上に伴い、ポリグラフ検査がその検定確率の上昇を示しつゝあることなどにかんがみると、一概にこれが証拠能力を否定することも相当でない。そして、これを本件について見るに、原判決が証拠に引用している所論(一)の鈴木貞夫作成の検査回答書及び同(二)の鈴木貞夫作成のポリグラフ検査報告についてと題する書面は、それぞれ検査者鈴木貞夫の実施した被検査者有馬貞子(被告人)及び関係者池田タツエに対するポリグラフ検査の経過及び結果を右検査者が記載して作成した報告文書であるが、これらは、いずれも原審において検察官が、刑事訴訟法第三二一条第四項所定の書面としてその取調を請求し、被告人側において、これを証拠とすることに同意したものであり、且つ所論(三)の証拠すなわち、原審証人鈴木貞夫の供述に徴し、各書面はいずれも検査者が自ら実施した各ポリグラフ検査経過及び結果を忠実に記載して作成したものであること、検査者は検査に必要な技術と経験とを有する適格者であつたこと、各検査に使用された器具の性能及び操作技術から見て、その検査結果は信頼性あるものであることが窺われ、これによつて各書面が作成されたときの情況に徴し、所論各ポリグラフ検査施行状況の録音テープの取調をなすまでもなく、これを証拠とするに妨げがないものと認められるので、同法第三二六条第一項所定の書面として証拠能力があり、しかもその内容において前掲被告人の自白及び証人池田タツエの各供述の信憑性を裏付け、前掲(四)乃至(一七)の証拠と相いまつて、原判示事実を肯定するに足りるから、原判決が、これらポリグラフ検査の経過及び結果に関する各証拠を事実認定の資料に供したのは毫も違法ではない。そして、被告人の司法警察員郵政監察官に対する爾余の各供述調書、検察官に対する各供述調書及び原審公判廷における各供述中、原判示認定に副わない部分は、すべて措信し難く、証人榎本千代子の原審公判廷における供述及び当審事実取調の結果に徴しても、右認定を左右することはできない。されば、原判示事実認定は正当であつて、所論の如き憲法違反、訴訟手続の法令違反、理由のくいちがい乃至事実の誤認はなく、論旨はいずれも理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条第一項本文により被告人にこれを負担させることとして、主文のとおり判決する。(飯田一郎 遠藤吉彦 吉川由己夫)

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